初めは就職活動だった。
この不景気真っ盛りの日本で、やれ経済評論家はどうだとか、やれ教育学者はどうだとか、とにかくテレビもネットもやかましい時代の中、とにかく芥川ミヲソチスは何らかの仕事につかなくちゃ死ぬ、と追い詰められていた。
内定がない。内定がない。とにかく就職したいのに、内定がないのだ。
「ああクソ、ここもお祈りメールか……。面接対策本とか読み込んで、就活対策セミナーも受けてきて、受け答えもしっかり練習してきて、何とか最終面接まで進んだのにな……」
理由ははっきりしてる。
ミヲソチスなんていう頓珍漢な下の名前と、頑固キテレツ極まりない天然パーマの髪型のせいである。
これがなければ芥川は、全然普通の人間なのだ。少々理屈っぽくて人付き合いが苦手ではあるが、普通の人間の範疇である。
変な名前。変な髪型。
人は第一印象が九割であると聞く。ならば、芥川の第一印象は相当悪いに違いない。九割である。九割を奇妙奇天烈なものにされるのだ。
芥川という名字もこれまた珍しいが、そんなものが吹き飛ぶぐらいのインパクトだ。
朝に念入りにハードワックスやジェルを使って固めても、昼頃になるともう勝手に天然パーマに戻るほどの剛毛に生まれてしまったのは不運としか言いようがない。
おかげさまで、面接だというのに外見をしっかりしてこれないなんて不謹慎な学生だ、と思われてしまう始末。
おお、髪に(神に)災いあれ、と思ってしまっても問題はないであろう。
「全く、どうしていつもこうなんだ……。確かに僕は人付き合いも上手いほうじゃないし、口だってあんまり上手じゃない。コミュ力ってのはあんまり達者じゃない。けどさ、今までの人生、大人しく過ごしてきたものなんだぜ?」
大人しい。そう、芥川は大人しい性分である。
そしてそれ故にこのざまであるとも言える。偏見やレッテルを覆すほどの弁舌がなく、ただ大人しくしてるだけなので、そのまま変な子だなと思われて終わってしまうのだ。
ドライアイだからコンタクトは無理。
だからといってメガネを掛けるといかにも野暮ったくてもっさりとしている。
ではメガネを外すとどうかというと、元から細い目を更に細めて景色を見るので、人相が悪くなってしまう。
あまりにも難儀なものなので、芥川は溜息をついた。
「だよなー……。向こうには常識のない陰キャオタクって見えてしまうよなー……。外見がまさにそれだものなー……」
あくまで偏見だが、面接官は意外とこういうところを見ているものである。
これで芥川が爽やかなスポーツマンめいた外見であれば、内定の数も唸るほど違ったであろう。
人の外見に貴賓はない、天は人の上に人を作らず人の下に人を作らず……と言えど、何でだか知らないが、何となく壁があるように感じる。
結局のところ、芥川は就職活動があんまりうまく行ってないのであった。
そんな芥川が、未来から来たアンドロイドに拉致されたのは、ほんのつい先程の瞬間であった。
「いやいやいやいや」
おもわず自分自身に突っ込んでしまう芥川。当然であった。
アンドロイド? 未来から来た? 拉致?
情報量にとてもじゃないが脳が追いついていかない。このうちどれか一つでも十分に非日常だというのに、三つ揃ったら大三元である。
要するに、未来から来たアンドロイドが芥川を拉致してる――訳が分からなさすぎて、何一つ要点をまとめられていなかった。
「あなたが芥川ミヲソチス様ですね」
「え、あ、うん、そうだけど」
アンドロイドが話しかけてきたので、芥川はしどろもどろになりながら答えた。
ちなみに今の芥川は車に乗っている。運転席には件の美人なアンドロイドがいてハンドルを握っている。助手席には芥川が訳もわからずちょこんと座っている。
へえ、アンドロイドって車の運転もできるんだ。そんなどうでもいい感想が芥川の脳裏をかすめた。
「申し遅れました。私はフェアギスマイン。あなたの運命を変えるために未来からやってきたアンドロイドです」
「運命を変えるためにやってきた?」
「本来ならばあなたは就職活動に無事成功し、アンドロイド心理学の父として歴史に名を残す人物になるはずなのですが……何者かがあなたの歴史を改変し、就職できないようにしてます」
「就職できないように……?」
フェアギスマインと名乗った彼女は、瞬きもせずにつらつらと喋っていた。その仕草は確かに非人間的で、アンドロイドというのはいかにもしっくりくる。しかしだからといって、おいそれとは信じがたかった。
「芥川様は、未来編纂委員会という言葉に聞き覚えはありますか? 彼らは人類の進歩、技術の発展、歴史の歩みを調整すべく動いている国際組織で、あまりにも行き過ぎた異端を排除するなどして暗躍しているのです。――ご存じないようですね」
「いや、知らないよ。初めて聞いた。未来編纂委員会って単語なんか生まれてこの方耳にしたことはないよ」
そして、これからも聞くことはないだろう。普通に生きていれば。
恐らく日常を送るだけの生活を営んでいる限りは、無縁の存在であるに違いなかった。
残念ながら芥川は、そういう訳にはいかないようである。
異端を排除する。
いかにも物騒な言葉だが、こと今に至っては聞き捨てならない。何故なら芥川は、アンドロイド心理学とやらで歴史に名を残すことになっている。つまりは排除されてもおかしくない異端。
心穏やかではない話である。
もちろん、全てはこの陶器のような顔をした彼女の話を信じるのであれば、であるが。
「なあフェアギスマイン。簡単に言えば、俺はこのままだったらどうなるんだ?」
「ずっと就職できない状態に陥るかもしれません。でもそれなら恩の時で、ひどい場合は暗殺のおそれがあります」
「暗殺……」
実感のわかない言葉であった。暗殺。もちろん芥川はまだ死にたくない。ちゃんと生きて、ちゃんと人並みに幸せになってから死にたいと考えている。
未来編纂委員会とかよく分からない組織に始末されるなんて、もってのほかであった。
「ご安心ください。私フェアギスマインが、あなたを救いに来ました。あなたの未来はきっと変わるでしょう」
「暗殺されたりしない? 未来永劫就職できなかったりしない? ちゃんと俺は幸せに生きられる?」
「もちろんです。私のシュミレーションによると、あなたは92%の確率で幸福な人生を享受し、豊かな気持ちのまま人生の幕を下ろします。享年は推定で82歳。天寿を全うすると言えるでしょう」
「シュミレーションって……どうなんだそれは……」
全く根拠がよくわからない計算が出てくる。芥川はどうしたものか困った。
冷静に考えたら、芥川は今、この冷たい横顔の彼女に拉致されている状況である。
車の中で普通に会話をしているが、そもそもこの状況自体が普通などではなかった。
人間の力とは思えない腕力で車に引き込まれて、あれよあれよと今に至っている。のっけから滅茶苦茶である。
要するに、何一つ信憑性はなかった。
まあでもその馬鹿げている腕力こそが、彼女のアンドロイドらしさを証明しているな、と芥川は思い直しつつ、「それで」と続きを促した。
「君がきた目的は何となくわかった。俺の未来を変えようっていうわけだな。でもどうやって? 暗殺から守ってくれるってことか?」
「はい、四六時中サポートいたします」
「何か、唐突でよくわからないな。シミュレーションで92%の確率で幸福だ、って言い切られてもピンとこない。第一就職できるのか、俺は」
「ああ、それは」
ここで、フェアギスマインは軽い口調で説明した。
「――私のヒモになってもらって、私が養いますので、万事解決です」
それを聞いて、芥川はドアから逃げた。
(まだ続きます)